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プロフィール

ブログ名
あるがままに
ブログ紹介
札幌でヒプノ(催眠療法)セラピストをしています
「心豊かに 自分の人生を生きる」
をコンセプトに
過去の痛みや 心の傷 未来への不安を手放して
過去や未来に囚われることなく
「今、この瞬間に生きる」ための
お手伝いをさせて頂いてます
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3年振りです。

2012/01/09 17:27
とても久しぶりに書きます。
なんと、3年振り。
驚いてしまいます。

去年、シャンティとのご縁をいただきましたクライアントさん、
受講生さん、沢山の元気を頂きました。
ありがとうございました。

クライアントさんをはじめ、受講生さんの表情が
回を重ねる度に変化してゆき、どんどん良い表情になってゆく。
それを側で見ていると、私の方も嬉しくなります。
セッションはもとより、講座も、やはり、受講生さんの癒しが起こる
きっかけになっているように思います。
「その方の中にある癒しの力が目覚めた」ように感じます。

最終回や講座修了時は、寂しさもあり、
お別れに握手などをすると、涙が出そうになります。
でも、それは、本当の寂しさではなく、次への扉を開けるためには
通らなければならない別れの寂しさ。
希望を携えた寂しさという感じでしょうか。
嬉しく、ありがたいです。



また、今年も沢山の新たなご縁を戴けることを、
そして、沢山の笑顔を戴けることを信じて。




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こちらこそ、ありがとう。

2009/09/01 00:57
久しぶりのブログ。書きたいことが沢山あって、
なにを書いたら良いかわからない。
やっぱり、最近の一番印象に残った一日を書こうを思う。

先日のある日、電話相談の依頼者と1時間話した。
その依頼者は、電話を切る間際、
「今まで色んな電話カウンセリングを受けたけど、
シャンティさんが一番心に響きました。電話して良かった。
ありがとうございました。」といってくださった。
なんという素晴らしい言葉なんだろう。こんなに喜んで貰えた。
その思いで、私は嬉しく、幸せな気持ちになった。
だから私は・・・あなたに喜んで頂けて、私はこんなに、幸せな気持ちを
感じることが出来ました。ありがとうございました・・・という思いを込めて、
こう言って電話を切った。
「いいえ、私の方こそ、ありがとうございました。」


その数時間後、ある会社の女性営業社員Aさんが
飛び込みで訪問してきた。
私がかつて勤めていた会社の社員で、
私が退職してから入社したという。
私も以前は、飛び込みの営業をし、沢山のお客様を持っていた。
Aさんはこう言った。
「地区を歩いていると、高橋さんから入ったというお客さんが
沢山いらっしゃるんですよ。高橋さんが書いた資料や、手紙、
名刺を出してきて見せてくれるんです。
だから、高橋さんてどんな方なのか、一度、お会いしてみたかったんです。
あんなにお客様に愛されていたのに、どうして辞めちゃったんですか?」
お客様が今でも私も名前を出してくれることがとても嬉しかった。
そして、Aさんが帰った後、気付いた。
私は、お客様が喜んでくださることが嬉しくて頑張っていたんだと。


その数時間後、2年くらい前に何度かいらしていた
依頼者Bさんから電話があった。
「先生、ご無沙汰しております。○○です。」
そのBさんの「ご無沙汰しております」という言葉が、とても嬉しかった。
Bさんがいらしていなかった2年の時間が、ぎゅーっと縮まった気がした。
2年間、Bさんは、私、そしてシャンティという存在を、
近くに感じていてくれたに違いない。
そして、2年前も、喜んでくれていたに違いない。
そう感じられる言葉だった。

この日は、改めて、
私自身の土台のようなものを感じた、不思議な一日だった。
「依頼者に喜んでもらえることが、私の喜び」
この思いで、私は今までやってきた。
そして、これは、これからも変わらない。

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初心

2009/03/14 00:52
続けるって難しい。
どんなに好きなことでも、
半年、1年、2年と続けていく中で、
必ずやる気がなくなる時が来る。

最初のうちは必死な思いでやっていても、
そのうち、慣れてくる。
「出来るように」なる。
すると、飽きてくる。つまらなく感じる。
無気力になって、どうしてやっているのか、
解らなくなる。

でも、ここで、もう一度、
最初の頃を思い出してみる。
どうしてやり始めたのか?
どんなに楽しかったか?
どんな達成感があったか?
やりたくないことなら、初めからやるはずがない。
やることに意味があったはず。
そうやって、もう一度、自分の心を奮い立たせる。
続けていくことを、心に決める。

無気力を越えられると、自分に自信が持てる。
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自分を創る

2009/01/12 00:40
最近、このようなご相談が多いんです。

「どうやって生きていけばいいか解らない」

私自身、この言葉の持つ様々な側面がよく解ります。
生きる意味が解らない。
生きることが苦しい。
なにをやっても無気力。
死なないから生きてるだけ。
自分を大切に思えない。
・・・と、この瞬間を生きてることで
精一杯なんです。
私にも、そういう時期がありました。

どうして、こうなってしまったのでしょう?
色々な原因が考えられるのですが、
第一に「他人の人生を生きてきた」から
ということが言えます。
(始まりは、殆どが親との関わりなんですが・・)
このようなタイプの人は、
他人の期待に応えようと頑張ったり、
他人の評価で自分を評価してきたり、
他人に認められなければ、自分を褒められなかったり。
とにかく、他人が居なければ
自分も居なくなってしまうという、
困った状態になってしまうんです。

これでは、
自分はなにが好きで、
どんなことに興味があって、
どんな時にどう感じて、
どんな自分になりたくて、
どうやって生きていきたいのか
全く解らなくなってしまいますよね。

遠回りのようですが、
今持っているプログラムを捨てて、
新しい考え方や受け取り方、価値観、観念
などを、一から創り上げていくことが
自分を取り戻す一番の早道です。
どうしてかというと、それらは、すでに
自分の中にあり、隠れているだけだからです。

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修了生の皆さんからの元気

2009/01/04 00:21
セラピスト養成講座の修了生さん、数名から、
年始のメールが届きました。
(時折、近況報告的なメールも頂いています。)
本当に嬉しいです。益々元気になります。感謝です。

私は、全くの他人で会ったこともない方が
講座を申し込んでくださる(セッションのご依頼もそうですが)
ということに対して、いつも、見えないところでの
力を感じます。奇跡に近いです。
もしかしたら、集合無意識を通じて
シンクロニシティが起こったのかもしれないし、
天がご縁を持たせてくださったのかもしれません。
数居るセラピストの中から、私を選んでくださるということ自体、
どんなに望んでも、私が起こせる出来事ではありません。

私は以前、うつだった時期があり、
その時、大切な友人や周りの人々を遠ざけ、
自ら関係を切ってしまったことがあります。
(もちろん、そんな時でも、離れずに居てくれた
人々もいます。)
大切にしたい人を大切に出来ないことの
切なさと、寂しさと、情けなさ・・・
思い出すと今でも、この身に痛いくらい沁みてきます。

折角、この人生で精神世界をテーマに出会ったのですから、
修了生さんやクライアントさんとの繋がりを大切にしたい。
もっともっと、皆でレベルアップ出来るようにしたい。
出会いに感謝するとともに、
繋がってくれていることに感謝します。
ありがとうございます。


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去年の締めくくり

2009/01/02 01:02
明けましておめでとうございます。
2009年が皆様にとって、益々良い年になりますように。


去年の締めくくりは、とても嬉しい依頼でした。
ヒプノセラピスト養成講座の最後の一回を残して、
ずっとお休みしていた受講生Tさんが、
最後の講座を行い、無事修了いたしました。
本来は3ヶ月程で修了する講座だったのですが、
実にその倍以上の時間がかかりました。
でも、私はとても嬉しかったです。
最後までやりぬいたTさんは立派だと思います。
よく頑張りました。
長いお休みのせいで、連絡しずらかったかもしれない、
諦めかけたこともあったかもしれない、
でも、その思いを乗り越えて修了したことは、
今後の自信に繋がることでしょう。

「自分との約束を守ること」、
これは、スピリチュアルな生き方に通じるものがあります。
自分との約束が守れない人は、他人との約束も守れない、
ということは、自分や他人を大切にして生きることが出来ない
ということになり、自分の中に軸を作れず、
常にグラついて生きることになってしまいますね。

私も、さらにしっかりとした軸を創りながら
自分流に徹していきたいと思います。

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雑談が出来ないという悩み

2008/12/25 16:49
私は雑談が苦手です。
長い間、営業職をやってきたにもかかわらず、
息子の学校のお母さん達の中に入っても、
近所の奥さん達とも、雑談が出来ません。
「どうでもいい話し」にしか思えず、
それに波長を合わせる気になれないのです。

この症状は20歳くらいから自覚し始めました。
周りの話しはどうでもいい話しに聞こえ、つまらない。
私が話したいことは違う、神様のこと、霊について、魂について、
私が生まれた訳・・・
でも、そんな話しをしたなら「かわった人に見られてしまう。」
と思っていました。
友人の中には、このような内容が普通に話せる人もいましたが、
話せない人が圧倒的に多く、結構、悩みました。


しかし、私と同じようなことで悩んでいる人は、
結構多いと判りました。
息子。
そして、受講生の皆さん。
クライアントさんの中にも。
類は類を呼ぶ、ですね。
みんな、話したいこと、沢山話しましょう。
ここでは、誰も、変わった人だと思いませんから。

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心に聞こえた声

2008/12/24 23:15
我が家の近くに神社があります。
神社の横には、国道に出る市道があり、
その市道を通って国道に出ようと、
市道と国道の交差点で信号待ちを
していた時のことです。
心の中に「すぐに発進してはいけない」と
声が聞こえました。
最初、自分の想像の声なのか、
それともそうではないのか、判らず、戸惑いました。
でも、「心に聞こえたと感じた自分の判断」を信じ、
目の前の信号が青になっても、直ぐには発進せずにいました。

すると、信じがたいことに、他の3車線(片側2車線、合計4車線の国道です)
の車は赤で当然止まっているというのに、
残りの1車線を右側から走ってきた1台の
ワンボックスカーが、まるで青信号であるかの様に
スピードもおとさず、平然と通過していったのです。
私は、鼓動が早くなり、手が振るえ、冷や汗が出ました。
もし私が直ぐに発進していたら、
運転席側の側面に、ワンボックスカーが正面から
衝突していたでしょう。
しかも、あのスピードで衝突されたら、
私はどうなっていたか・・・

私は、心に聞こえた声の主に助けて頂いたのです。
感謝しました。
そして、その声に従った私にも、感謝しました。

多分、私達の人生の中では、いつもこのように、
肉眼には見えない存在がアドバイスをして下さっています。
それが聞こえる心の状態か、そうではないか、又は、
聞こうとしているか、していないか、の違いです。

どうか、見えない存在のご加護を信じてください。
そして、いつも、聞こえる心でいてください。


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アセンション

2008/09/05 23:05
地球の次元上昇(アセンション)が
近づいているということで、
「いかに楽をして準備をするか」的な
様々なエネルギーワークが流行っていますね。
私としては、自身のレベル向上は、
精神的な成長なしには在り得ないと思っています。

今の次元、3次元から上にあがるということは、
4次元に移行するということです。
4次元というところは、思いが瞬時にカタチになるところです。
肉体も必要ないところです。
肉体が必要ないということは、
肉体を持っていた時の、精神的な成長がものを言うわけです。
いくら、周波数や波動だけを高めても(そういうことが本当に可能ならば)、
精神レベルがついていかないと、
意味が無いと思うのは、私だけでしょうか・・・

折角、人間として地球に住まわせて頂いているのですから、
人間性の成長、気付きを求めたいものです。
そして、慌てふためくことなく、
「その時」を待ちたいものです。




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幸せになってね

2008/09/01 00:25
今日は、ヒプノセラピスト養成講座と、
その後、個人セッションがあった。
講座は、残すところ、あと1回。
なんだか、少し寂しい・・
長いようで、あっという間だった。
これまでの9回、カウンセリングを交えながら、
講義をしてきた。
もっと、もっと、感情や感覚的なことを
伝えられればいいのに。

個人セッションは数ヶ月空けての2回目の
クライアントさん。
前回は、うまく体験出来なかったけど、
今回は無事、体験成功。
良かった。
本当に良かった。
前に進む一歩になったね。

必死に生きていて、なにか、
確かなものを掴もうとしている。
「生きる意味」みたいなものを。
クライアントさんも、受講生の方も
ここに来てくださる誰もがそう。

どうか、なにかを掴んで
幸せになって。
自分の足で、自分の心で
自分の人生を生きて行って。
幸せは、みんなの中に。



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信念のかけら

2008/08/31 01:12
本日、我が家の夕食は、外で炭焼肉だった。
今日の為に、2、3日前から肉料理は避け、
カロリーセーブをし、準備してきた。
仕事を済ませ、早速焼肉の準備にかかる私。
気がつくと、試験勉強中の息子は、ベッドで爆睡。
ひとりお肉を串に刺し、おにぎりを作り、
必要な品々を揃え・・・
そこへ、母がパートから帰って来た。
私は、外へ、炭焼き用コンロの準備に出た。
コンロを出し、炭を入れ、火を熾す。
これが、結構大変だ。
なかなか、炭が熾きない。
一息いれに、家に入ると、
母もソファで爆睡中・・・
「う〜ん・・なんかモヤモヤ・・」
私は、また外に出て、うちわで火を扇ぎ続けた。
扇ぎながら、
「みんな、冷たくない?」
「全部わたし一人で準備?」
「それって、ひどいよね?」
「もしかして、みんな、自分勝手?」
と、果てしないマイナス思考列車が、頭の中で走り出した。
まもなく、
「これって、私の不平不満かも・・」
と、気付いた。
私の満足いく行動をとってくれない家族に、
不平不満が頭の中で炸裂してしまったのでした。
「自分勝手は、私だ」
と解り、くだらない思考は、すぐにストップした。

「私がやりたいと思ったのだから、私が準備する。
手伝ってくれれば嬉しいけど、手伝ってくれなくても
それはそれでOK」
これも、信念のかけらね。

ひとって、気付かないうちに、
自分の期待を押し付ける。
相手も、自分も楽じゃない。
もっと、ナチュラルに信念をもって生きよう。

夜になって、炭焼きの後片付けをしなが、
星空を見上げた。
山の星空は、星を近くに感じる。
「あ〜ここに生きてるなぁ・・」
母が、洗い物を家の中へ運んでいった。
私のとなりでは、息子が、
炭の火に水をかけ、白い煙が立ち昇っていた。



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家族

2008/08/29 02:04
私は、「家族」というものに対して、コンプレックスを持っていました。
小学生の頃から、お正月やお盆が大嫌いでした。
なぜかというと、お正月やお盆は、どこの家も
「親戚や家族が沢山集まって、わいわい賑やかに過ごしている」
ように見えて、そうではない私の家と比べ、とても寂しく感じたのです。
それは、大人になっても変わりませんでした。
「私の家族は寂しい家族」
「私の人生には、暖かい家族なんて、一生ない」
と思っていました。

離婚後は、その想いに拍車がかかり、
更に孤独感も加わりました。
まるで、宇宙に一人放り出された様な
心の中心から湧き出る、とてつもない孤独感でした。
来る日も来る日も、
「私の人生はもう終わった」と悲観し、寂しさのどん底で
絶望の真っ只中でした。

でも、そんな、呪いの様な状態からでも
抜け出す方法が一つだけありました。

与えて貰えなくてもいい。
息子が、私の様な寂しい思いをしていたら、とても悲しい。
きっと、この家族は、みんな寂しい。
私が欲しいものを、暖かな家族を、私から与えていこう。

人って、求めれば満たされない。
求めていれば、愛されても満たされない。
愛することで、満たされていくんですね。

家族を愛する自らの思い(エネルギー)で、
私は孤独から抜け出しました。
家族から、孤独を学びました。
そして、幸せを教えてくれたのも、家族でした。

感謝。



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2008/08/15 00:21
夏になると、懐かしく思い出す感覚がある。
「絶望」
以前、何度も絶望を感じながら生きていた。
夏は、特に、そんな体験が多かった。
運命を呪い、自分を恨んだ。
どうして私がこんな目に遭うのか、と悲観し
信じてきたもの、全てが信じられなくなった。
辛かった。
どうにもならなかった。

時間が苦しみを解決するのではなく、
自分で癒すものだと知った。
今、私は、ここにいる。
こうして、穏やかな心で生きている。

ありがとう。
ありがとう。

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父の命日

2008/07/29 01:28
今日(もう既に昨日になってしまいましたが)は、
父の命日でした。
もう10年になります。
でも、父が亡くなって7日ほど経った夜のことは
未だに鮮明に憶えています。
夜、まだ小学1年だった息子と、私は
布団を隣り合わせて寝ていました。
夜中に、ふと目を覚ますと、隣で寝ていた筈の息子が
布団の上に正座をして、誰かと話をしているのです。
「誰と話してるの?」と私が聞くと、
「お祖父ちゃん」と言うではありませんか。
私は、全く不思議に思わず、むしろ、微笑ましい気がしました。
お父さんなら安心ね、と思い、
「あ・・そうなの」と言い、私は、再びパタっと眠りに入りました。
翌朝、息子に、その時のことを聞いてみると、父は息子に
「お前とこんな風に話すのは、初めてだな」と言い、
色々と話をしたそうです。

父は、脳梗塞で倒れた後、後遺症で
言語障害があり、私の息子とは、普通に話したことがなかったのです。
私の息子は、生後9カ月くらいから、私が仕事に復帰したため、
父と母の元で一日の殆どをすごしていました。
父と母は、本当に、たくさんたくさん可愛がってくれていました。
きっと父は、積もる話しがあったのでしょう。

息子は、悩みがあると、仏壇の前に、じっと座ることがあります。
ある時「お祖父ちゃんに相談すると、翌日、返事が貰える」と話していました。
父は、今も、いつもそばで、見ていてくれているのです。
ありがとうお父さん。
私も、また、お父さんに会いたい。

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おもてとうら

2008/07/26 23:44
光と影
プラスとマイナス
陽と陰
表と裏
正と負
全て、相反するものと二つで一つ。
どちらか一つだけ、ということは有り得ない。
存在する為に、お互いが必要。
すべてバランス。

私達の心もそう。
愛を知るためにはその裏を知る。
信頼を知るためにはその裏を。
成功を知るためにはその裏を・・。
今、なにかを知るための、道の途中にいるのかもしれない。
だから、良いとか悪いとか、判断せず、ありのまま受け止めたい。
表を知るチャンスは、今この瞬間に、私達の心の中にあるから。


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いいんだよ、そのままで

2008/07/23 00:20
自分を縛る自分。その自分を縛る自分・・。
なにかに囚われる自分。その自分に囚われる自分・・。
他人を裁きたい自分。その自分を裁きたい自分・・。
ダメな自分。その自分を評価したい自分・・。
沢山傷つき、出来上がった否定的な観念。
恨み、憎み、怒り、その思いが更に自分を傷つけた。

いいんだよ、それでも。
自分を許して、愛して、解放してあげよう。
誰に解ってもらう必要もない。
誰のせいにもしない。
沢山癒して、沢山解放して、軽くなろう。
必ず、そばに光はあるよ。
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日常の中で

2008/06/15 00:10
ある日、夕食の後、いつものように「ご馳走様でした」と手を合わせました。
その時、ふと、気付きました。
その日の夕食のサラダは、我が家の畑で収穫したほうれん草。

種を蒔けば育ち、収穫し、当たり前のように食べているけど、
「種を蒔けば育つのって、当たり前じゃないよね」
ほうれん草は私の意志の力で育った訳ではなく、
太陽も、私の意志の力で動いている訳でもない。
空気も私の意志の力で存在している訳ではなく、
水も私の意志の力で湧き出ている訳でもない。
肉体でさえ、私の意志の力で消化している訳ではない。
全て、「そのようになっているから」そのようになる。
大いなる創造の力によって、そのように創られている。
この世界、私の意志の力で何とか出来ることなんて、私のコントロールだけ。
私という人間は、この世界で生かして貰っているんだなぁ。
生きてるって、凄いこと。
なんてありがたいこと。
こんな人生、早く終われと願ったこともあったけど、
生きていることに感謝して、この人生、生き切ろう。

改めて、感謝のご馳走様をしたのでした。



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はじめまして。

2008/06/11 21:43
実は、パソコンが苦手(というより、意思の疎通が出来ない
モノが苦手)な私です。
ですから、ブログ公開も少々不安がありましたが、
勇気を出して作ってみました。

「感謝」

「居てくれてありがとう。」
家族になってくれてありがとう。
家族に感謝です。

「いつも支えてくださりありがとうございます。」
支えて下さる人々へ感謝です。

「選んで下さりありがとうございます。」
クライアントさんに感謝です。
数あるセラピストの中から、選んで下さり、
ありがとうございます。
ご依頼を受けて、私も成長させて頂いてます。
クライアントさんには、いつも、「縁」を感じます。
ご依頼も、必然的な偶然なのでしょうね。

「見守ってくださりありがとうございます。」
沢山の見えない存在に感謝です。


一人で生きているように見えて、
本当は、沢山の存在のお陰で、私が居ます。



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